カンボジア・プノンペンの不動産投資について

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明日より5日間、カンボジア・プノンペンの不動産視察に行ってきます。

元々カンボジアの不動産投資に注目していた訳ではなく、カンボジアで物件を購入している友人が現地入りするという事でしたので、同行させて頂く事になりました。

また、同友人の紹介で現地の不動産会社にプノンペンの不動産物件を案内して頂くことになっています。

どのような開発が進んでいるのか、直接自分の目で現地を視察してきます。

最後の2日間はシェムリアップに移動して世界遺産であるアンコールワットも訪れる予定です。

日本からプノンペンは2016年秋頃からANAが直行便を出す計画をしていますが、現時点では直行便はありません。

色々な行き方はありますが、ハワイからシェムリアップにいく方法はハワイ→日本→香港→プノンペン→シェムリアップと計5回の飛行機に乗ることになります。

ハワイに住んでいると他の国に行くのが地獄です。

カンボジアってどんな所?

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人口は1500万人、西はタイ、北はラオス、東はベトナムと国境を接する国。 国土は日本の半分程度。

通貨は自国通貨リエルが存在していますが、アメリカのドルが使用されています。

銀行の預け入れも、高額な不動産の取引などにもアメリカドルを使用する事ができます。

公用語はクメール語。ただしフランス植民地だった歴史があり、その影響でフランス語を解する人も多くいます。

首都プノンペンの区画は植民地時代に開発されたフランス当局によって開発されている為、東南アジア特有にごちゃごちゃした町並みではないようですね。

どんな街なんでしょう、楽しみです~!

カンボジアの悪夢、カンボジアの歴史

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カンボジアに訪れる前に歴史のおさらいです。

冷戦真っただ中だった1970~80年代に起こった内戦によりカンボジアは大きく国力を落としました。

カンボジア内戦が恐ろしいのは戦後の話だからです。

カンボジアはフランスによって植民地化されていましたが、第二次世界大戦が始まると日本軍によってフランスが徹底します。

しかし、その後、日本が敗戦すると再びフランスにより植民地化する動きが出てきます。

フランスの植民地化を防ぐためにカンボジア王家(シアヌーク)は国際世論に訴えかけ、フランスから完全独立する事に成功します。

見事、フランスから独立を果たしたカンボジアはその後、社会主義国になりました。

カンボジア王家(シアヌーク)は独裁的な社会主義政策を行なっていました。 独裁的な社会主義政策と言ってもフランス国から植民地化を防ぐ事に成功した王家ですから、国民からの支持は相当高いものでした。

シアヌークはもともと左派でしたが、カンボジア共産党に対しては急進的な思想に危機感を感じ弾圧を加えていました。

弾圧によりカンボジア共産党、別名「クメール・ルージュ」は都市部から追い出されていました。

この中にポルポトがいました。

シアヌークは過激派であるクメール・ルージュを弾圧したり、思い通りの政策を推進しているように思えたのですが、一方、アメリカではカンボジアの社会主義国に納得していませんでした。 

当時アメリカでは貧民国が共産主義化すると他の近隣国も共産主義化すると考えていたからです。

アメリカはシアヌーク政権下で首相と国防相を兼任していたロン・ノルという人物に力を貸し、クーデターを起こす手助けをして、政権を奪取させます。

また、アメリカ軍は共産主義者が隠れている場所、主に農村部を空爆します。

政権をロン・ノルに奪われたシアヌークは苦肉の策として、自ら弾圧していたクメール・ルージュに助けを求めます。

ポルポト率いるクメール・ルージュはシアヌークを受け入れて、ロン・ノル政権を倒すためにカンボジア内戦が始まります。

ここからカンボジアの悪夢が始まります。

ポルポト政権が国民の1/4を殺害する

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その後、ポルポト、クメール・ルージュにより政権奪取される事なります。

政権奪取後、ポルポトは共産主義でも「原始共産主義」の思想を掲げます。

原始共産主義は国民がすべて農民になり完全な自給自足の世界です。 その為、溢れかえっていた都市部の難民を強制的に農村部へと移住させます。

国民は食料生産に従事させる為に農作業をさせられる事になります。

ポルポトは理想的な原始共産主義をつくる為に、国内の知識人を根絶する事を目指します。

国民が全てが農民の原始共産主義には知識人が必要ないのです。 また将来のクーデーターを恐れ、我々以外の知識人はカンボジアには不必要だと判断したのです。

ポルポトは国民に対して、学歴がある者、医師、学者、技術者などに対して、国の再建の為と偽り呼び出します。

呼びだされた知識人は全て処刑されました。

当時人口が800万人とも言われれる中で、殺害されたのは200万人とも300万人とも言われています。

処刑はエスカレートしていき、メガネをかけている、外国にいった事がある、手が綺麗(農作業をしてない)などと言った理由でも殺害が行われました。

政治・社会情勢が安定?! 不動産価格上昇にも期待!

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カンボジア内戦によりカンボジアはアジアの最貧国と比喩されてきました。

しかし、1991年にパリ和平協定により内戦が終結すると国連の協力のもと急速な国家再建が開始されました。

その後は農業、縫製業と観光業が盛んなカンボジアのGDPの成長も著しく、現在はアジア屈指の高成長国へと変貌しています。

内戦終結からの成長率が著しく、社会情勢が安定している事もあり、不動産投資先としてもカンボジアは世界中から注目されています。

プノンペンでは建設ラッシュが起きており、高級コンドミニアムなどの建設が目立ちします。

日本でも数年前より多くの業者がカンボジア不動産投資セミナーを行っていますね。 現在でも頻繁にカンボジア不動産投資セミナーは行われて熱は冷めません。

それに伴いカンボジア不動産を利用した詐欺も横行していて、逮捕者なども出ています。

巷では既にカンボジアの不動産等は高騰しているとか、まだ間に合うとか、色々囁かされています。 で実際カンボジアの不動産投資ってどうなの?という所を実際に視察して共有させて頂きたいと思います。

それでは、行ってきます~。

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